大学講師 
中島 美幸さん

なかしま みゆき
愛知淑徳大学ほかで非常勤講師(ジェンダー論担当)。女性学・日本文学専攻、文学博士。フェミニストジャーナル『Fifty:Fifty』共同編集発行人。
仕事と子育ての両立Q&A(お答えは中島さん)

働くなかで自分が見えてきた
 中島さんは高校や大学で教員をしながら子育てをされ、ふたりのお子さんはいま親元を離れて大学生活を送られているそうですね。ワーキングマザーの先輩として、仕事と子育てについてお伺いしたいんですが、まず「働くことの意味」についてはどのようにお考えですか。一時、専業主婦だった時期もあるそうですが。

 私の場合は、挫折するという形でやむなく高校の教員をやめて、専業主婦という立場で子どもを出産したんですね。でも、私は人間は好きなんですが、昔から小さい子どもは苦手で、自分の子も寝顔はかわいいなと思ったんですが…(笑)。だから、子育てはさほど楽しめず喪失感がだんだん募っていき、かといって何にエネルギーを注ぎたいのかわからない状態でした。
 それで、まず自分の基盤を固めようと思って、今度は組織の中に入らない非常勤講師として高校の教壇に戻りました。仕事に復帰する前に生涯学習の場へ出かけたんですが、そこで出会った働く女性たちから働く意味を再学習しましたし、何よりも「大丈夫よ」といった無形の支援を受けたことは大きかったですね。
 ただ、働きながらも自分の中に悶々としたものはありました。高校の教員という仕事に夢が持てなかったし、いろんな女性問題にぶち当たり、女性学の視点を身につけていくうちに、それまで自分が価値を置いてきたものを転換する必要に迫られて…。それで、教員を続けながら、大学院で勉強し直すことにしたんです。自分の核となるものがなく、自分の内面を整理できるだけの言葉がなかった時代は苦しかったですね。でも、核となるものは最初からあるのではなく、働いて社会的責任を負うなかで一つひとつ見えてきた気がします。
 大学の学生から「お母さんが働き出したら生き生きしてきた」と聞くことがありますが、職場で認められると自信がつくし、自分なりの達成感が得られますよね。また、否応なく仕事をこなしていくなかで、いろんな物事に対処できる力もついてくる。母親が仕事を始めたり、父親が家事に目覚めたりするなかで、家族がお互いの可能性を信じ合うことは、子どもが人間への信頼性を育んでいくうえでも大事なことだと思います。
 自分のやりたいことと職業が一致するに越したことはありませんが、働くのは基本的には生活の糧を得るためだと子どもにも言っています。また、経済的な自立は夫と対等な関係を築くうえでも大きな意味を持つでしょうし、夫の経済的負担が軽くなれば夫の人生の選択肢が広がりますよね。
分断されてしまう母親たち
 子育てしながら働くことについて、ご家族の反応はいかがでしたか。また、日々のやりくりはどうされましたか。

 私が働くことに対して夫は「自分にもやりたいことがあるから、君にもあって当然」という考え方です。むしろ私の母が「そこまでしなくても」と抵抗を示すことがありました。子どもたちは、小さいころは家にいるお母さんをうらやむ様子もありましたが、中学生になるころは「働いていてよかった」と言ってくれましたし、今は働いていない母親は想像できないようです。
 家事は早く帰った方がするようにしていますが、結婚当初は夫はあまり家事ができなくて、私はついイライラして「こんなこともできないの!」と怒ったこともあります。でも、やってこなかった人はできなくて当然とわかって、それからは改心して優しく言うようになりました(笑)。
 子育てと仕事のやりくりでは、小学1年のときがいちばん大変でした。学校もPTAも「母親は家にいるものだ」という前提で話が進み、融通がきかないんですね。「今すぐ子どもを迎えに来て」と言われて、近所のお母さんに頼んだこともあり、綱渡り状態でした。PTAでは、専業主婦と働く母親がいがみ合う構図ができてしまい、寂しいなと思いましたね。子育ては母親の役割とされ、女性たちの生きる領域が狭められているがゆえに、母親たちの間に亀裂がもたらされるんだと思います。
 子育ての中でも、特に子どもが病気になったときに、「ケアは母親の役割」という強制が顕著になりますよね。私も娘が長期入院したときに、有形無形にそれを強く実感したんですが、ケア能力は男性も含めて世話するなかで養われるものだと思います。
 父親は仕事、母親は子育てという性別役割分業意識がなくなり、働き方も「ちょっと働く」から「バリバリ働く」まで選択の幅が広がるといいですよね。多様な選択ができ、お互いの選択を認め合える社会になれば、母親と父親が分断されたり、母親同士が分断されるという構図は、なくなるんじゃないでしょうか。
18歳になったら家を出よ
 子育てにも強いこだわりをお持ちだと聞きました。お子さんが大きくなられた今だからこそ、お話しいただけることもあると思いますが。

 私自身も18歳で家を出ましたが、子どもにも「18歳になったら家を出ていってもらう」と言って育ててきました。私がそう言うと、子どもが小さいころは泣き出すこともありましたが、中学生ぐらいになったら自立心が芽生えて、その約束が目標になったようです。あるとき息子が弁当屋のチラシをじっと見ているので、どうしたのかと思ったら、18歳で家を出たあと、弁当で食事がまかなえないかと考えたらしくて(笑)。でも、経済的に無理だとわかって「食事くらい自分で作らないといかんなあ」と言ってました。生活能力を身につける大切さを実感していったようです。
 また、子どもが小さいころから「時計の大きい針が上に来るまでは、お母さんはここにいても幽霊だから」と言って、母親にも自分の時間があることを教え、家で仕事をする時間を確保してきました。「幽霊の時間」が解除されたら、ちゃんと子どもと向き合ってきたので、疎外感はなかったと思います。
 親はある程度、子どもを放任して見守る方が、子どもの持てる力が伸びる気がします。ここまではできるだろうと子どもの能力を見極めつつも、正直なところ恐る恐る任せてきたという感じです。その一方で、ここぞというときは絶対に子どもを守るという姿勢を崩さず、学校に乗り込んだりもしましたので、何かあったら徹底的に味方してくれる人だと信頼してくれていたと思います。
 それに、子どもが親に対してウソや黙っていることがあるのも当然ですので、「自分で解決できない問題以外は、いちいち親に言わなくてもいいから」と言ったこともあります。そうすると逆にいろいろ話してくるもので、思春期になってもよく話しかけてきました。私の意見が新鮮だったみたいですよ。私の方も、音楽番組などを一緒に見て子どもとの共通の話題をつくるようにしましたし。
 無手勝流な子育てをしてきたようにも思いますが、子どもたちは曲がることなく育ってくれました。約束どおり18歳のときに家を出ていきましたが、これまで以上に親子でよく話しています。仕事を通じて人的財産も得ましたし、いろんな人の力を借りて子どもも親も育ててもらったと思います。子育ては、子どもが社会へと巣立っていくための支援ですから、支援者である親こそ社会とつながっている必要がある気がしますね。

 

仕事と子育ての両立

Question & Advice
お答えは中島さん

Q  仕事に出かけるときに3歳の下の子がぐずります。できるだけ親子ともに寂しい思いをしないですむには、どうしたらいいでしょうか?

A  寂しいという感情はマイナス評価されがちですが、もっと価値を与えてもいいのではないでしょうか。別 れる寂しさを味わうことで、帰ってきたときのうれしさがわかりますし、親と別 れる寂しさを味わう半面、子ども同士で遊ぶ楽しさを知るわけですから。また、人生にはやがて身近な人たちの死という大きな寂しさが押し寄せてきますから、小さいときから少しずつ、その子が抱えられるくらいの寂しさを味わわせることも必要だと思います。私が 歳で子どもを出ていかせたのは、ひとりで住まう寂しさを知ってほしいという思いも込めているんですよ。

Q  私も働いていますが、働くお母さんの子育て責任について、時々、疑問に思うことがあります。最低限の子育て責任についてお聞きしたいのですが。

A  親には、いわば「製造者責任」があり、子どもに社会で生きていくうえでのルールを教える必要があると思います。子どもが何度かハメをはずたびに、私は理詰めでガーッと叱る怖い母親にもなりました(笑)。社会にはいろんな人がいて、自分はその一員であることを、小さいうちから段階ごとに教えていくことが必要ですよね。大学で学生を見ていても自己中心的な人が増えている気がしますが、自分のすることが周囲にどう影響するかを考える共感能力を、いかに育んでいくかが大事だと思います。母親ひとりで背負う必要はありませんが、自信がなくても子どもと向きあうことを恐れず、時には「絶対にダメ」と強権発動しなければならない場合があると思いますよ。